大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和39年(行ウ)37号 判決

原告 中島梭 外一名

被告 柏原真次 外二名

主文

寝屋川市に対し、被告柏原真次は二〇〇万円とこれに対する昭和三九年七月一八日から完済まで年五分の割合による金員を、被告金藤伝は一〇〇万円とこれに対する同月一九日から完済まで年五分の割合による金員を、被告三島惣太郎は五〇万円とこれに対する同月一八日から完済まで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一、申立

一、原告ら

主文同旨の判決。

二、被告ら

原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。との判決。

第二、原告らの請求原因等

一、原告らは、いずれも寝屋川市の住民である。

二、寝屋川市は、昭和三八年一二月二四日の寝屋川市議会定例会における、特別慰労金三五〇万円の歳出を含む議案第八八号昭和三八年度寝屋川市歳入歳出追加更正予算の議決を経たうえ、昭和三九年一月六日同市市長である被告柏原に二〇〇万円、同市助役である被告金藤に一〇〇万円、同月一〇日同市収入役である被告三島に五〇万円をそれぞれ慰労金として支給した。

三、しかし、右被告らに対する支給(以下、本件支出という。)は、法律またはこれに基づく条例に基づかないで支出された慰労金の支給であつて、地方自治法二〇四条の二に違反する。

四、被告は、慰労金として本件支出を受けながら、市民の非難を受けるや、これを退職手当の支給であると言い逃れ糊塗しようとするのであるが、仮に本件支出が退職手当の支給であるとしても、本件支出は、次の理由により違法な公金の支出というべきである。

(一)  被告金藤、同三島には退職の事実がない。

被告金藤が昭和三八年六月一九日助役の、同三島が昭和三七年三月二五日に収入役の各任期四年をそれぞれ満了していたにしても、同被告らは引き続き助役、収入役に再任されているから退職したとはいえない。ちなみに、「寝屋川市職員の退職手当に関する条例」(同市昭和二八年条例一五八号。以下、退職手当条例という。)によると、勤続期間が長くなれば長くなるほど退職手当の支給率は高くなるのであつて、同被告らが不利を甘んじて退職手当を受けるはずがないのである。

また、国家公務員等退職手当法八条二項によると、「職員が退職した場合において、その者が退職の日又はその翌日に再び職員となつたときは、その退職については、退職手当を支給しない。」と規定されており、退職手当条例において、右規定に反する定めができないことはもちろん、行政実例をみても、本件のような場合に退職手当の支給された例はない。

(二)  本件支出は、退職手当条例六条の二に定める市議会の議決を経ていない。

退職手当条例六条の二は、「特別職の職員の退職手当については、市議会の議決を経て増額することができる。」と規定している。ところで、通常の退職手当額を規定する同条例三条による被告らの退職手当額を計算すると、被告柏原は二二万八、〇〇〇円(給料月額九万五、〇〇〇円に一〇〇分の六〇を乗じ、勤続年数四を乗じた額)、同金藤は一八万円(給料月額七万五、〇〇〇円に一〇〇分の六〇を乗じ、勤務年数四を乗じた額)、同三島は三一万二、〇〇〇円(給料月額六万五、〇〇〇円に一〇〇分の六〇を乗じ、勤務年数八を乗じた額)に過ぎないので、本件支出は、退職手当条例六条の二の規定により、同条例三条の規定による通常の退職手当額よりも増額して支給されたものであることは明らかである。

前記退職手当条例六条の二にいう「市議会の議決を経て」とは、必ず退職手当の増額に関する単独議決を経ることを要し、単なる予算の議決を経るだけでは足りないと解せられるところ、本件支出に関しては、その単独議決が存在しなかつたのみならず、予算の議決も存在しなかつたというべき事情にある。

すなわち、前記慰労金三五〇万円の歳出を含む議案第八八号昭和三八年度寝屋川市歳入歳出追加更正予算は、本件支出について、予算案にも「特別慰労金」と明記され、市議会における質疑応答の際にも被告柏原が市長として「特別慰労金」といつていることからも明らかなように、本件支出に関し「特別慰労金」として予算の議決を経たに過ぎないものであつて、「退職手当」としての予算の議決を経ていないというべきである。

仮に右「特別慰労金」が「退職手当」の表示上の誤りであつたとしても、右は単に予算に関する議決であるから、退職手当条例六条の二にいう市議会の議決を経たことにならないことは、前記のとおりである。

寝屋川市当局は、本件支出の善後処置に困り、その後の市議会において、一議員に本件支出に関する質問をさせ、被告柏原が市長として答弁をし、これによつて糊塗しようとしたが、右事実によつて、退職手当増額支給についての予算の議決があつたともいえなければ、また退職手当条例六条の二による退職手当増額の議決があつたともいえないことは勿論であり、かえつて、先の市議会においては「特別慰労金」として予算の議決をしていたことが裏書されるのである。

五、そこで、原告らは、地方自治法二四二条一項に基づいて、本件支出を違法な公金の支出と認め、当該行為のあつた日から一年を経過しない昭和三九年五月二七日寝屋川市監査委員に対し、監査を求め、本件支出を是正し、寝屋川市のこうむつた損害を補填するために必要な措置を講ずべきことを請求した。

しかし、寝屋川市監査委員は、同年六月二九日付翌三〇日到達の書面で、原告らに対し、原告らの請求は理由がない旨を通知した。

六、原告らは、右監査の結果に不服があるので、地方自治法二四二条の二、一項四号により、本件支出について、寝屋川市に代位して被告らに対して行なう前記各不当利得金返還および右不当利得金に対する訴状送達の日の翌日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため、本訴に及んだ。

七、被告ら主張の第三の二記載の被告らの各退職ならびに再任の年月日、第三の四記載の被告らに対する退職手当条例三条による各通常の退職手当支給の年月日ならびにその支給額は、いずれもこれを認める。

第三、被告らの答弁および主張

一、請求原因一の事実は認める。

二、請求原因二の事実中、本件支出が慰労金であることを否認し、その余の事実を認める。

被告柏原は昭和三八年四月三〇日寝屋川市長を退任し翌五月一日再任され、被告金藤は同年六月一九日同市助役を退任し翌二〇日再任され、被告三島は昭和三七年三月二五日同市収入役を退任し翌二六日再任されたものであるが、被告らは、右各退職について本件支出を「退職手当」として受領したものである。本件支出は、予算案には「慰労金」と記載されているけれども、右は「退職手当」の誤記である。

三、請求原因三の事実は否認する。本件支出は、地方自治法二〇四条二項、三項の規定に基づいて制定された退職手当条例六条の二に基づく退職手当の支給であり、何ら違法な公金の支出ではない。

すなわち、退職手当条例六条の二(寝屋川市昭和三五年条例三号により追加)は、昭和三五年被告柏原の前任者である平井義雄市長に対し退職手当を支給する際に、従来市長に対し退職手当条例三条による一般の退職手当の外に慰労金ないし記念品料の名目で金員を支給する例であつたところ、その支出根拠条例がなく違法の支出になるため、退職手当条例に追加改正した条文であり、右改正後、平井前市長に対し六〇万円を支出する予算の議決を経て、その支給がなされていた。

本件支出も、右の例と同様に支給されたのであるが、従来の慣行的用語に従つて、予算案中において誤つて「慰労金」という用語を記載したのに過ぎないのであり、本件支出の実質は、退職手当条例六条の二に基づく退職手当増額分の支給である。

四、(一) 請求原因四の(一)について。

前記のとおり、被告金藤は昭和三八年六月一九日に、同三島は昭和三七年三月二五日にそれぞれ法定四年の任期満了により助役または収入役を退職しており、右退職に対し本件支出が退職手当条例六条の二による退職手当増額分として支給されたのである。もつとも、右被告らは、右各任期満了前にあらかじめ再任についての市議会の承認があり、各任期満了の日の翌日に再び助役または収入役に選任されているが、これは、任期満了時が市議会の開会中である場合は別として、そうでない場合に助役または収入役を欠く期間を生じ事務の渋滞が甚だしくなることを避けるため、あらかじめ市議会の再任についての同意を経ていたものに過ぎない。

ところで、退職手当条例二条二項は、職員が退職した場合において、その者が退職の日又はその翌日に再び職員となつたときは、当該退職にともなう退職手当を支給しない旨を規定しているが、助役、収入役については、その選任に市議会の同意を要する特殊性から、右規定の適用を排除しなければならないと考える。また、国家公務員等退職手当法は、地方公務員である右被告らの場合を規制するものではない。

原告らのいうように、退職手当は数次の任期をまとめた方が任期満了ごとに支給を受ける場合より、給料の上昇から考え被告らに有利である。しかし、本件の場合は、むしろ市議会側からの申出もあつて、市の財政負担を軽くするため、被告らは、その利益を自ら放棄して退職手当を受領したものである。退職手当条例二条二項の規定の趣旨は、受給者である職員の保護を主眼とすると解せられるから、当該職員において、かかる利益を放棄すること自体何らの違法はない。

(二) 請求原因四の(二)について。

前記のとおり、本件支出は、退職手当条例六条の二に基づく退職手当の増額分の支給であり、予算案中の「慰労金」との記載は誤記であり、市長の市議会における答弁も右誤記に基づいたものである。のみならず、地方自治法(昭和三九年四月一日改正前)によると、予算の審議の対象は、款、項、目のみであつて、その付記または説明の誤記をもつて、予算に関する議決の違法を云々できないところ、本件支出は、款・役所費、項・市役所職員費、目・諸手当として審議されたにとどまる。

退職手当条例六条の二は、本件の如き退職手当の増額について単独議決をなすべきことを定めていない。本件の場合、最も重要なのは、歳入歳出の収支全体からみた退職手当支給の額であつてみれば、これはむしろ予算案中に記載して明確にした上で市議会の審議を経るべきであつて、単独議決の必要はないと考える。右予算審議によつて住民の意思が退職手当の支給に反映し、その意思確定に基づいて本件支出は支給されたので、この点違法はない。本件支出は、平井前市長に対する退職手当支給の先例に従つてその手続を経ており、これに関する単独議決がないからといつて違法であるとは速断できない。

仮に本件支出につき市議会の単独決議を要するとしても、前記のとおり予算の議決を経ているから、その瑕疵は重大かつ明白な瑕疵とはいえないと解する。

更に又、本件支出後の昭和三九年三月二八日の市議会において、市長が本件支出は退職手当条例六条の二に基づく退職手当の増額分の支給であることについて説明をし、市議会の確認を得たので前記瑕疵は治癒した。

仮に右は市長が一議員に特に質問をさせたうえ、これに対する説明をしたものであつたにせよ、出席議員から本件支出が違法不当である旨の発言がなかつたから、結局、本件支出は市議会の承認するところとなつたといえるであろう。

原告ら主張の被告らの任期につき退職手当条例三条により算出した被告らの通常の退職手当の額は正確には別紙記載のとおりである。なお、右退職手当条例三条による通常の退職手当として、昭和三九年四月一日被告柏原は二二万八、〇〇〇円、同金藤は一八万円、昭和四一年三月三一日被告三島は一三三万六、五〇〇円の各支給を受けた。

五、請求原因五の事実は認める。

第四、証拠〈省略〉

理由

一、原告らがいずれも寝屋川市の住民であること、被告柏原が昭和三八年四月三〇日寝屋川市長を退任し翌五月一日再任され、被告金藤が同年六月一九日同市助役を退任し翌二〇日再任され、被告三島が昭和三七年三月二五日同市収入役を退任し翌二六日再任されたこと、寝屋川市が昭和三八年一二月二四日同市議会における、本件合計三五〇万円の歳出を含む議案第八八号昭和三八年度寝屋川市歳入歳出追加更正予算の議決を経たうえ、昭和三九年一月六日被告柏原に二〇〇万円、同日被告金藤に一〇〇万円、同月一〇日被告三島に五〇万円をそれぞれ支給したこと、右被告らは右支給を受けたほか、同市から退職手当条例三条による通常の退職手当として、被告柏原は昭和三九年四月一日二二万八、〇〇〇円、被告金藤は同日一八万円、被告三島は昭和四一年三月三一日一三三万六、五〇〇円の各支給を受けたこと、原告らが地方自治法二四二条一項に基づいて本件支出を違法な公金の支出と認め昭和三九年五月二七日同市監査委員に対し監査を求め、本件支出を是正し同市のこうむつた損害を補填するために必要な措置を講ずべきことを請求したところ、同市監査委員が同年六月二九日付翌三〇日到達の書面で原告らに対し原告らの請求は理由がない旨を通知したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二、そこで、まず、本件支出が原告ら主張のように法律またはこれに基づく条例に基づかないで支給された金員であるかどうかを判断する。

普通地方公共団体がその職員に対し支給する給与その他の給付に関しては、昭和三一年法律一四七号による地方自治法の一部改正前は、法令上、一般職に属する地方公務員(地方公務員法三条一、二項、なお同法四条参照)の給与は条例で定めると規定されていただけであつて(同法二四条六項)、市長、助役、収入役等の特別職に属する地方公務員(同法三条一、三項)の場合は条例の規定さえ必要とせず、単なる予算上の措置だけで如何なる給与その他の給付の支給をしても当不当の問題は別論として何ら違法とされなかつたため、給与体系の公明化を図るべく、昭和三一年法律一四七号は、地方自治法二〇三条、二〇四条の改正をするとともに、新たに二〇四条の二(同年九月一日施行)を追加し、普通地方公共団体がその職員に対して支給する給与その他の給付は法律に直接根拠を有するか、または法律の具体的根拠に基づく条例によつて支給する場合に限るものとし、それ以外の一切の給与その他の給付の支給を禁止したのである。

成立に争いのない甲第二、第三号証、乙第二号証、証人竹井修の証言、弁論の全趣旨を総合すると、寝屋川市においては、昭和三一年法律一四七号による地方自治法二〇四条、二〇四条の二の規定に基づいて、同市同年条例一四号(同年一〇月一日公布)「市長、助役、収入役の給料に関する条例」を制定したが、従前、同市が市長等特別職の職員の退職に際し、退職手当条例三条により計算した退職手当を支給したほかに慰労金または記念品料の名目で支給していた金員に関しては、昭和三四年四月三〇日に退任した平井義雄市長に対してこれを支給するに際して、同市昭和三五年条例三号(同年三月三一日公布、同日施行)をもつて、退職手当条例六条の二(特別職の職員の退職手当の増額)として、「特別職の職員の退職手当については、市議会の議決を経て増額することができる。」との規定を追加する改正をしたことが認められる。

ところで、本件支出に関して、前示乙第二号証、成立に争いのない甲第四、第五号証、甲第六号証の一から四まで、乙第一号証、証人戸塚日出夫、同竹井修、同平田清太郎、同吉川正造、同西村壮一の各証言、被告金藤伝本人尋問の結果(但し、右証人戸塚、竹井、平田、吉川の各証言ならびに金藤本人尋問の結果中、後記信用しない部分を除く。)、弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

(1)  前記平井前市長に対する退職手当条例三条により計算した退職手当以外に支給すべき特別の退職手当(以下、退職手当増額分という。)については、昭和三五年三月二九日寝屋川市議会において、前記退職手当条例六条の二の追加改正の議決をすると同時に、右退職手当増額分としての六〇万円を支給することじたいの単行議決をすることなく、単にその予算措置として、款・市役所費・市役所職員費、目・諸手当、節・職員手当、細節・退職手当の六〇万円の歳出とこれに対応すべき歳入六〇万円のみに関する昭和三四年度寝屋川市歳入歳出追加予算の議決がなされ、これによつて平井前市長に対する退職手当増額分六〇万円が支給された。

(2)  前記のとおり被告柏原は昭和三八年四月三〇日市長を退任し翌五月一日再任され、被告金藤は同年六月一九日助役を退任し翌二〇日再任され、被告三島は昭和三七年三月二五日収入役を退任し翌二六日再任された。被告柏原が右第一回目の任期満了による退任をして間もない頃、隣接の枚方市、守口市において退職した市長に対する退職にともなう特別の金員の支給があり、また、平井前市長に前記六〇万円を支給した前例があつたところから、当時寝屋川市議会議長をしていた平田清太郎は、右被告らはいずれも退任の翌日再任されていたけれども、右同様の金員を被告柏原に支給し、均衡上被告金藤、同三島にも支給することをはかり、同市議会の五党派の各議員団、無所属議員団の各幹事長により構成され同市議会運営の事前準備等をするため設けられていた各派幹事長会に提案した。そこで、昭和三八年九月頃、右各派幹事長会において、被告柏原には二〇〇万円、同金藤には一〇〇万円、同三島には五〇万円を、それぞれ前記各再任前の一任期四年間に照応する金員として支給する申し合わせができた。戸塚日出夫は公明党議員団幹事長として右各派幹事長会に関与していたが、右申し合わせの席上積極的に賛否の意見を表明しなかつた。

右のように平田市議長が推進し、各派幹事長会に本件支出をはかつた際、同市議長をはじめ各派幹事長会関係者は、隣接市における同種事例、平井前市長の場合の前例があるので、これらと同性質の金員の支給であるとして、それが適法であることを頭から信じ込み、あるいは積極的に検討する態度に出ないまま、その法的根拠については全く注意を払つていなかつた。

(3)  平田市議長は、右各派幹事長会における申し合わせについて、市長である被告柏原の諒解をとり、予算の提出権者である同市長は前記三五〇万円の本件支出の歳出を含む予算を調整し、同年一二月招集された寝屋川市議会定例会に前記議案第八八号昭和三八年度寝屋川市歳入歳出追加更正予算としてこれを提出した。しかし、右予算の案には、右三五〇万円を、款・役所費、項・市役所職員費、目・諸手当、節・職員手当、附記・「特別慰労金」と記載していた。右附記・「特別慰労金」との記載は、これを起案した同市庶務課職員が、漫然、地方自治法二〇四条の二、退職手当条例六条の二の各追加改正前の用語ないし書式例に従つて記載したものである。

(4)  同市議会に提案された右予算は、同市議会財務総務常任委員会に付託され、同委員会において本件支出について格別の検討を加えることもなく審議を終え、その結果が本会議で審議された。昭和三八年一二月二四日、本会議の審議の際、戸塚議員からの前記「特別慰労金」の法律ないし条例上の根拠等に関する質疑に対し、被告柏原は市長として、右「特別慰労金」は法律等によるものではなく、慣例による支出である趣旨の答弁をし、列席の助役、庶務課長ら同市職員から右答弁の補足訂正の説明もないまま、質疑、討論が打ち切られ、同日採決の結果、右予算は可決された。被告柏原の右答弁は、地方自治法二〇四条の二の追加改正に伴い平井前市長に退職手当増額分を支給する際退職手当条例六条の二が追加改正された経過を全く失念し、安易な答弁をしていたものである。

(5)  本件支出を命じた各支出命令書は、いずれも昭和三九年一月六日付で作成されたが、そのいずれにも款・役所費、項・市役所職員費、目・諸手当、節・職員手当、細節・退職手当と記載し、退職手当増額分と但書を附記している。

(6)  昭和三九年二月中旬頃、本件支出に疑惑を抱いた寝屋川市住民が大阪府総務部地方課に出頭し、その頃本件支出に関する新聞報道もあり、寝屋川市助役等が右地方課から助言等を受けたところから、被告柏原は市長として、昭和三九年三月二八日同市議会定例会において一議員の質疑に対し、前記昭和三八年一二月二四日の答弁は、前記「特別慰労金」が当然条例による支出であるとする趣旨の答弁であつた旨応答し、事実上、先の答弁を訂正し、それが誤りであることを明らかにした。

以上のとおり認められる。証人戸塚日出夫、同竹井修、同平田清太郎、同吉川正造の各証言、被告金藤伝本人尋問の結果中これに反する部分は信用せず、ほかにこれを左右するに足りる証拠はない。

以上の事実によれば、なるほど本件支出については、平田市議長が各派幹事長会における申し合わせをはかつて以来、関係者はこれが条例上退職手当条例六条の二に基づく退職手当増額分であるという根拠条文についての明確な認識を欠き、予算案を起案した市職員が不注意にも「特別慰労金」という附記をし、市長もまた予算審議の際、うかつにも慣例に基づく支出であると答弁をしたのであるけれども、右予算議決に至るまで関与した者らは、すべて、すくなくとも、本件支出が前記隣接市における退職市長に対する特別の金員の支給ならびに平井前市長に対する前記六〇万円の支給と同性質の金員の支出であると認識していたのであるから、本件支出につき如何なる名称を付していたかにかかわらず、法律上は平井前市長に対する前記六〇万円の支給をしたのと同性質の支給、すなわち退職手当条例六条の二にいうところの「退職手当増額分」であると解するのが相当である。

三、そこで本件支出の前提たる退職手当増額分の定めに関する単行議決の要否と存否とについて判断する。

前記認定のとおり、本件支出についての予算の議決はなされたが、本件支出の前提たる退職手当増額分の定めに関する議案についてその提出及び単行議決が行われたことを認めるに足りない。

退職手当条例六条の二は、特別職に対する退職手当は、「市議会の議決を経て」、増額することができると規定しているのである。地方自治法二〇四条三項の規定によれば、特別職の退職手当の額も条例で定めなければならないことは明白であつて、退職手当条例六条の二の規定は、特別職の退職手当について、同条例三条等の規定に定めた額よりも、これを増額すべきこと及びその増額すべき額の定めを、その都度「市議会の議決」によるべきものとしたのである。したがつて退職手当増額分の定めとその定めた結果必要とする予算ないし予算上の措置とは、形式的にはもちろん実質的にも厳格に区別さるべき「議決事件」であるといわねばならない(地方自治法九六条一項二号と二項、二二二条参照)。それぞれの手続が明白・厳格に別個に行なわれることによつて、退職手当増額分支給の実質的適正が確保されるものであり、他面それが昭和三一年法律一四七号による前記法改正(二〇四条、二〇四条の二)の理由にそうところであるというべきである。なお、前記の昭和三九年三月二八日同市議会定例会において、実質上、退職手当増額分に関する議案が同市市長としての被告柏原又は議員らによつて提出され、かつその議決がなされたことを認め得る証拠はない。

したがつて、本件支出は、市議会の単行の議決を経ていない以上、寝屋川市における従来の慣行、退職手当条例六条の二の(独自の)解釈にしたがつたものであつたところで、退職手当条例六条の二にいう市議会の議決を欠いた違法の支出というほかなく、地方自治法二〇四条の二に違反する無効のものといわねばならない。そして、予算の議決を経ていたところで、前記「市議会の議決」の必要とその不存在には変りはなく、その瑕疵が治癒されるものではない。

四、被告らは、前記昭和三九年三月二八日の市議会における市長の説明により本件支出の右瑕疵は治癒したと主張する。

しかし、前示乙第一号証によれば、市長は、昭和三九年三月二八日の市議会において、昭和三八年一二月二四日の前記市議会で本件支出につき退職手当条例六条の二の議決がなされた旨弁明したにすぎず、それに対する議員の質問もなく質疑応答が打ち切られたというにとどまるものであることが明らかである。右事実をもつて、実質的にみて退職手当条例六条の二の「市議会の議決」を不要とするに至る程度の市議会の意思が明らかにされたとは解することができない。被告らのいうような市議会の確認ないし承認(議決)を認めることができないから、被告らの右主張は理由がない。

五、よつて、原告らの本訴請求は(一般的に、特別職にあつても、任期満了による退任の日の翌日に従前の執務と間断なく再び就任した者は、退職手当の性質上、これを受くべき資格がないものと解するのが相当であるが、本件についてはこの点にふれるまでもなく)理由があるから(訴状送達の日の翌日は、記録上、被告柏原同三島につき昭和三九年七月一八日、同金藤につき同月一九日であることが明らかである。)、これを認容し、民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山内敏彦 平田孝 高升五十雄)

(別紙省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例